糸井重里さんの考える「ポスト宣伝広告」時代とは

NBExpressスペシャル・糸井重里氏インタビュー

日経ビジネスEXPRESSで「ほぼ日」のイトイ氏のかなり長いインタビューが出てました。聞き手は編集長の山中浩之氏。かなりいい質問してます。

先日の「スゴ録でテレビCMはどう変わる?」で紹介したような「もうCMでは売れない」という時代になってきているのに、「ほぼ日」発の商品がヒットしています。そこで、糸井さんがやってきたこととその理由は何か(なぜそれがうまくいくのか)をじっくり語っています。読み応えありますので、このサイト読むような方はぜひご一読を。

・・・と、これだけでは面白くないので、このサイトの文脈に沿わせつつ、いくつか発言を紹介させていただきましょう。

従来の広告の時代はもう終わっているぞと。つまり、ウソをついたり、過剰にお化粧をしたものは「朝の顔を見せてよ」と言われるようになっちゃう時代なんです、もう。

過剰なお化粧はダメ、ということでワタシは「見た目は素顔のようだけど実は違う」という線に進むに違いないと思って「すべてのコンテンツはペイドパブになる」という話をしました。同時に、ペイドパブの美容整形的な構造に危険な印象を持っていたんです。化粧は簡単に落とせますけど、整形は土台から変えてダマしますでしょ。でもまあ、もうその良し悪しの判断は個人で考えて、とりあえずは「全員が整形済だ」くらいに思っておけと。

そしてその個人で考えるべき判断は、ネットにおいては「残酷なGoogleが支配する」ので、「リンクによる多数決」「興味の公約数」を基準にしているということでどうだと。ただしこの判断は「本当に正しいかどうか」ではなく「みんなが正しいと思っているかどうか」ということに過ぎないんですが、ここで糸井さんが一歩進んだ発言を。

そうしたときに、でも、「あばたもえくぼ」という気持ちにさせるのが、さっき言っていた「宗教」的なものなんです。「お前の小さい目が好きだよ」とか、「巨乳好きだと思われている俺だけど、君のその微乳が好きなんだ」とかね、これはロジカルではなくて、ある意味「宗教」ですよ。

人間が求めているのはロジカルに納得できることではないと。糸井さんはここで「化粧を取った後の素顔(消費者が広告に気づいた時)」に対してどう判断するかの話をしていますが、ペイドパブ的コンテンツが「整形なんじゃないかと思い始めた時(報道的メディアの信頼性に疑問を持ち始めた時)」でも程度の差はあれ同じはずですよね。

早い話が「俺はどんなに素晴らしいか」を女の人に説明したって、口説かれてはくれないということですよ。それより好きか嫌いか、でしょう。人間社会というのは、実は口説く前に好き嫌いが決まっているみたいなところで関係が成り立っているわけで、そこを認めたくない人がいくらロジックを組み立てても女の人は口説けない。

だからもう自分は「宗教」でいいんだと。
そう考えると「残酷なGoogleが支配する」というのはGoogleのアルゴリズムを神とあがめる宗教が現在のネットで支持されているという話になります。だから「正しい少数意見」にこだわる方は自分が「正しい」と思う(決して「不偏不党」ではないでしょうが)メディアを買えばいいわけです。

おー、なんかすごく楽になった気がする。しかもそんなにハズしてないことを書いてきたような気がするぞ。ありがとう糸井さん。

続いてメディア論とは別にいくつか。

マーケティングで精緻に数字を分析してほんとうにヒットするならば、誰だって売れますよ。孫正義、西和彦、そして堀江貴文、どの人にしても最初は「そんな杜撰な」という話で始まって、当たってみれば「いや、あの人は度胸がいいから」でまとめられるわけです。「当たった」、ということに目を向けすぎている。そこだけ見ていても度胸の良さとかしか説明つかない。彼らは、当てたかったんじゃなくて、新しいことをやれると思った、2番手になりたくなかった人たちなんですよ。

ね、やっぱり一線で戦っている人たちって孫さんや堀江さんを評価するんですよ。なにより「まず動くヤツが偉い」というところを認めてる。週刊誌&夕刊紙的な批判は結局、新橋でクダ巻いてる中年サラリーマンにしか通用しないわけです。

ネットでは、自分自身がメディアになるわけですから。

これは「自分が「おカネになる」という意味」そのまま。糸井さんという存在が宗教になって、その宗教に集まった人にブランドとして通用する。ブランドはそのまま商品に結びついて、その売り上げがまた糸井さんの「ほぼ日」での宗教活動につながると。

話はずれますけど、以前浅草キッドのお二人と大槻ケンジさんの対談で「猪木教」という話をしていたのが思い出されます。東京ドームという聖地に、チケット代というお布施を払ってファン(信者)が集まる。教祖はアントニオ猪木。教典はアントニオ猪木自伝(Amazon.co.jpで540円)。「どうってことねえですよ」という教義をありがたがり、「気合い入れてください!」と張り手(イニシエーションですな)に狂喜し、最後に全員で「1,2,3,ダァーッ!」というお題目を唱える。これは宗教そのものじゃないかと。

話を戻して。
インタビューの最後に、「販売促進」の時代から「宣伝広告」の時代があって、いま「企業広報」の時代になってきている、という話の流れで「それではこの先は?」という質問。

コミュニケーションという歴史で見ると、宣伝広告という時代の次の時代に入っている。では、次の時代のコミュニケーションは何かというところで、僕は先にもうアメリカ大陸に上陸したつもりなんです。

お、なんだなんだ? というところでインタビューは終了。うまいなあ。この終わり方されたら「ほぼ日」チェックしたくなりますもん。

日経ビジネスExpressさんには「今後の話の続き」と「『宗教』間の対立が起きるとき」について是非フォローしていただきたい。(個人的には椎名誠さんの『アド・バード』(amazonで730円)と「一億総アフィリエイター時代」をつなぐ話ができるかも、と思いながらまた次回。)

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3 Comments

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